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浦和地方裁判所川越支部 平成7年(ワ)681号 判決

原告

水原八郎

右訴訟代理人弁護士

田原俊雄

斉藤豊

被告

学校法人秋草学園秋草かつえこと

右代表者理事

秋草かつ

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

鈴木利治

吉成直人

主文

一  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金九八六万九六五七円及びこれに対する平成七年一〇月六日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員、平成七年九月以降本判決確定に至るまで、毎月二五日限り一か月当たり金六七万九七〇〇円及び右各金員に対する右各履行期の翌日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員、平成七年一二月以降本判決確定に至るまで、毎年六月末日限り金一三七万七六八四円及び毎年一二月末日限り金一六九万四九七三円並びに右各金員に対する右各履行期の翌日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、肩書地に秋草学園短期大学(以下「秋草短大」という。)を、埼玉県狭山市〈以下、略〉に秋草学園高等学校をそれぞれ設置する学校法人であるところ、原告は、昭和五〇年四月、被告が当時開設していた秋草保育専門学校(以下「秋草保専」という。)に法学担当の専任教員として採用され、その後、被告が秋草保専に代えて新たに秋草短大を設立した昭和五四年四月に、秋草短大の教員として採用され、昭和六二年六月には同短大助教授に昇任した。

2  被告は、平成六年九月二八日付け文書により、原告を同年一〇月二九日をもって普通解雇に付したと主張し、現に原告との雇用契約の存在を争っている。

3  右解雇通告時における原告の給与は、月額六七万九七〇〇円で、これは毎月二五日に支払われることになっており、また、原告は、被告から賞与として平成五年一二月に金一六九万四九七三円、平成六年六月に金一三七万七六八四円の支給をそれぞれ受けていた。

4  よって、原告は、被告との間に雇用契約が存在することの確認を求めるとともに、被告に対し、平成六年一一月分以降の未払賃金及び賞与の支払い並びにこれらに対する平成七年八月分までの賃金合計金九八六万九六五七円に対しては訴状送達日の翌日である平成七年一〇月六日から、同年九月分以降の賃金に対しては各履行期の翌日から、それぞれ支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。

三  抗弁

1  被告は、原告に対し、平成六年九月二八日、解雇事由を定めた被告就業規則三八条三号の「職務に必要な適格性を欠くと認められるとき」にあたることを理由に、同年一〇月二九日限りで普通解雇にする旨の処分決定書を交付した。

2  本件解雇の具体的理由は次のとおりである。

(一) 経歴(履歴書)の不実記載

原告は、被告に雇用される前、中央大学通信教育部「インストラクター」の職にあったにもかかわらず、秋草短大設置に際して、秋草短大教員として採用されるためには、文部省の資格審査に合格する必要があったことから、その審査を受けるため昭和五三年五月三一日に被告に提出した履歴書に、右通信教育部に「講師」として在職した旨の虚偽の記載をし、かつ、同部の「資格審査委員会」なる存在しない機関から講師を委嘱された旨の虚偽の事実を記載して提出し、更に、右履歴書と共に文部省の資格審査のために提出する職務調書においても、職歴欄に中央大学の「非常勤講師」と虚偽の記載をし、被告が原告を秋草短大の教員として採用するについて、その資質、能力に対する適正な評価、判断を誤らせ、また、給与格付けの経歴換算に対する適正な評価を誤らせ、人事配置上の秩序を乱したものであり、これは教員として信義上許されない行為である。

(二) 学生、教職員に対する暴言、侮辱的発言

(1) 平成五年五月の新入生交流会の折り、二人の学生が高橋美保講師に相談しようとしたところ、原告は、「あんたら、何でこんな人に相談なんかするんだ、恋人くらいはいるかもしれないが、こんな結婚もしていなければ、子供もいない高橋さんみたいな人に相談したって、何にもならないだろう」等と侮辱的発言をした。

(2) 平成四年一〇月、原告は、学生Nに対し、「バカはバカなんだよ、バカに教えても仕方ない」「高級車で学園にどうして来たか」等の暴言を発した。

(3) 昭和六三年ころ、学生Mが原告に対し、「法学の重要なところ教えてください、法の効力は大事なのですか」と質問したところ、原告は、「君はなぜそんなことを聞くのか、部屋に入って問題を見たのではないか」等と侮辱的な発言をした。

(4) 昭和六一年度秋草短大入試の面接試験の際、原告は、指定の控室で、受験者に対し、「今の君たちの成績でこの短大に入れると本気で思っているのですか。思っている人は手を上げなさい、落としますから。校長が君達を推薦してそれで今日また面接ですか。何を考えているのでしょうね校長は、君達もおかしいと思いませんか。一五〇万円くらい出してくれたら入学させますよ。どうしますか。」等、教師としてあるまじき発言をした。

(5) 平成四年四月、原告は、秋草短大玄関前で、牧村章総務部長及び鈴木幸夫経理部長に対し、「お前はスパイか。月夜の晩ばかりではないぞ。」と暴力団まがいの恫喝をし、また、右鈴木経理部長に対し、「組合活動への干渉だ」「お前は悪いことしているだろう。胸に手を当てて考えてみろ。」等と威迫的、侮辱的発言をした。

(三) 教授会における他の教員に対する原告の侮辱的発言等

(1) 昭和六三年三月、鈴木恒男教授の任用にあたり、「同教授の人間性に問題がある」等と非難した。

(2) 昭和六三年七月、池田勇二学科長に対し、「学科長やめろ、それでも学科長か。」等と暴言を発した。

(3) 平成三年九月、日本女子大学の助手であった赤津純子講師の任用にあたり、「どうせお茶くみ程度のものであったろう」等と侮辱的発言をした。

(4) 平成三年秋ころ、吉本重子教授の教科担当に関して、「何でもできるということは専門性のない何もできない教員である」等と侮辱的発言をした。

(5) 平成三年の投書問題調査委員会で、秋草かつ学長をあたかも投書の当事者であるかのような発言をし、「富山まで詫びに行け」等と侮辱的発言をした。

(6) 平成四年、小倉隆一郎助教授の任用にあたり、「また尚美か、尚美はカスしかいない」「カスばかりだ」等の侮辱的発言をした。

(四) 職務放棄行為等

(1) 平成元年三月の教授会の審議中、「こんなことに付き合っておられるか」等の捨て台詞を吐いて退席した。

(2) 平成五年、学長候補者の選考について教授会で審議した際、鈴木恒男学科長の議事進行、学長選考の方法について批判し、退席した。

(3) 平成三年四月、蔵薗昭男学科長が就任するや、教授会は同学科長を認めないとの理由で、学長、学科長の再三の学科会への出席命令や指示を無視し、同僚教員を使嗾して校務運営を困難にした。

(4) 平成二年の入試業務を欠いた他、幼稚園、保育園等の実習、巡回に協力しないために他の教員の業務に支障を与えた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2の各事実はいずれも否認ないし争う。

同(一)について、原告は、当初被告(秋草保専)に採用されるに際し、中央大学通信教育部における経歴を「インストラクター」と正しく申告していたのであり、この点について被告の採用担当者に誤解はなかったから、その後、秋草短大設置に伴って、原告が秋草保専から秋草短大に移籍したにすぎない以上、その際に提出した履歴書に「講師」である旨の記載をしても、これにより被告が原告の能力についての判断を誤ったということはない。

また、中央大学通信教育部のインストラクターは、その候補者が資格要件を具備するか否かを、これを定めた通信教育部委員会が審査し、その審査に合格した者が更に法学部教授会での正式承認を受けて最終的な委嘱を受けるという形を採っているのであるから、右通信教育部委員会がいわゆる「資格審査委員会」にあたるものといえるのであり、その名称を「資格審査委員会」と記載したからといって経歴詐称になるものではない。さらに、インストラクターは、通信教育課程の中で、レポートの添削指導・成績評価、卒業論文作成のための面接指導、学生会支部が行っている学習会活動の講師など広範な教育指導に携わっており、教育職であるといえるから、講師と実質的な差異はなく、経歴を詐称したとはいえない。

同(二)のうち(1)、(4)については否認する。(2)については、被告において車での通学が禁止されているのにNがこれに違反したことから、これをたしなめるために被告の主張するような発言をしたことはあるが、「バカはバカなんだよ」等の発言はしていない。(3)、(5)については、そのような趣旨の発言をしたことは認めるが、それが暴言又は威迫的発言になるとの点は争う。

同(三)のうち、(1)ないし(5)については否認する。(6)については、「また尚美か」という発言をしたことは認めるが、その余は否認する。

同(四)のうち、(1)については否認し、(2)、(3)については教授会等を退席又は欠席した事実は認めるが、これが職務放棄になるとの点は争う。(4)については平成二年の幼稚園等の実習、巡回に協力しなかった事実があることは認め、その余は否認する。

原告に関する暴言、侮辱、職務放棄行為等、被告の主張する解雇該当事実は、原告を解雇するため配布された怪文書を利用して作出されたものが多く、原告が認めた一部の事実は、それだけでは解雇事由にあたらない。

五  再抗弁

1  解雇権の濫用

仮に原告に解雇理由があるとしても、以下の理由により解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上不相当なものであるから、本件解雇は、解雇権の濫用として無効である。

(一) 経歴の不実記載について

この点に関し、原告は、本来は「通信教育部委員会の資格審査を経てインストラクターに就任」と書くべきところを「資格審査委員会の審査を経て講師に就任」と誤った記載をしたが、この程度の軽微で形式的な齟齬は、原告の能力に関する評価を誤らせるものではないし、現に秋草短大設置時において被告に誤解や損害を与えたわけでもないので、秋草短大設置時から一〇年以上も経ってから、この履歴書の記載の過誤を経歴詐称として解雇理由とすることは社会通念上不相当であり、解雇権の濫用である。

(二) 学生、教職員に対する暴言等及び職務放棄行為等について

たとえ、被告の主張するような事実がいくつか認められるとしても、それらの行為のなされた時に、原告に対して何らかの処分がなされたことは一度もなく、それらは原告の教授昇任問題が持ち上った平成六年四月ころに流布された怪文書問題をきっかけに一斉に取り上げられたものであり、いずれの事実も大学教員としての職務の本質とは無関係の事柄であるうえ、いずれの言動についても、その前後の状況などを無視して当該行為のみを殊更取り出して解雇理由とするもので、不合理であり、解雇権の濫用である。

2  解雇手続の違法性

(一) 被告は、原告の解雇処分を容易に行うことを目的として、解雇手続関連規程の改正・新設を行い、職員の解雇について教授会の審議権を剥奪したうえで、原告の教授昇進審査手続を利用して、これを目的の異なる解雇手続に転用したのであり、原告の解雇を強行するための違法な手続というべきであり、違法な手続に基づいて行われた本件解雇は無効である。

(二) 被告の就業規則四〇条二項は、解雇が不当であると考えられる場合に、再審査を求めることができることを保障した規定であり、再審査請求に対しては、同条三項により、「別に定めるところにより」再審査を開始しなければならないところ、被告は、右の「別に定めるところ」を規定せず、理事会の再審査により、平成六年一〇月二四日付けで再審査請求を棄却したのであり、これは解雇手続の重大な違反であり、解雇自体が無効となる。

3  不当労働行為

本件解雇は、被告が原告の活発な組合活動を嫌悪して、原告を学外に追放するためにとった不利益取扱いであり、不当労働行為として無効である。

六  再抗弁に対する認否

いずれも否認ないし争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実及び抗弁1の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  本件解雇に至る経緯

右争いのない事実に、各項記載の証拠の外、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件解雇に至る経緯について、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五〇年四月、被告が開設した秋草保専に法学担当の専任教員として採用された。右採用に際し、原告は、職歴欄に「昭和四五年四月、中央大学通信教育部インストラクター委嘱さる、現在に至る」と記載した履歴書を被告に提出した(〈証拠略〉)。

しかし、その後、秋草短大が設置されることになって、被告から再度履歴書を提出するよう促された際、原告は、履歴書の職歴欄に「昭和四五年四月、中央大学通信教育部 資格審査委員会の審議を経て講師を委嘱さる 労働法担当」と記載し、これを昭和五三年五月三一日、被告に提出し、併せて文部省に資格審査のために提出する職務調書にも職歴欄に中央大学非常勤講師と記載して被告に提出した(〈証拠略〉)。そして、昭和五四年四月、秋草短大設置と同時に、原告は、秋草短大の法学担当専任講師として採用され、昭和六二年には同短大の助教授に昇任し、平成四年度及び平成六年度には学生部長に選任された(〈証拠略〉)。

また、原告は、昭和五六年に結成された秋草学園教職員組合(以下、単に「組合」という。)の結成当時からの組合員であり、組合書記長、副委員長を務めて、平成三年三月以降は組合委員長の地位にあった(〈証拠略〉)。

2  ところが、平成四年の春ころ、原告の経歴詐称についての疑惑問題が発生し、当時事務局長であった秋草征志が中央大学人事課に調査に行き、原告が同大学の講師としては在職していなかったことを確認し(〈人証略〉)、さらに、秋草かつ理事長(兼学長)は、同年一一月頃、宮内、馬場両助教授をして中央大学に調査に行かせ、同大学の教職員名簿に原告の名前が載っていないことを確認したが(〈証拠略〉)、この時点ではそれ以上の調査、処置はなされなかった。

3  平成五年六月ころから、組合は学内の教員の昇任の遅れについて問題とするようになり、早急に昇任手続きを行うよう被告に度々団体交渉を申入れてきたところ、被告は、原告を含む九名の候補者を昇任予定候補者とし、平成六年一月三一日を昇任申請の締切日とした。そこで、原告は、教授昇任の資格審査を受けるために被告宛に履歴書を提出したが、この職歴欄にも中央大学通信教育部の「講師」であった旨記載した(〈証拠略〉)。

ところで、教授昇任申請者に対する審査は、秋草短大の教授全員によって構成される「資格審査委員会」でなされることになっていたが、原告の教授昇任審査に際しては、被告において、以前発覚した原告の経歴詐称疑惑の問題について十分な調査をするべきであるということになり、同年三月一二日、その調査の一環として、秋草理事長は原告に対し、中央大学通信教育部の「講師」と「インストラクター」との相違について、説明、回答を求めた。これに対し、原告は、同月一六日、英和辞典の記載を引用のうえ、「インストラクターを講師と表記したのは、インストラクターという外来語をそのまま表記するよりも講師と日本語で表記した方がその意味内容が明確になると思慮したことによるのであり、全く他意はない。」旨の回答をした。(〈証拠略〉)

4  また、秋草学長は、同年四月一八日、中央大学学長宛にインストラクターの職務内容、講師との差異等について照会を発し、これに対して同月二五日、中央大学法学部長角田邦重から回答がなされた。右回答には、インストラクターの職務内容はレポートの添削指導が主であるが、レポートの成績評価、卒論作成のための面接指導、各学生会支部が行っている学習会活動の講師を担当するなど、通信教育ならではの広い教育指導に携わっているもので、通信授業による教育システムの中で中核的役割を担っていること、インストラクターの身分は、教授、助教授、講師の下のティーチング・アシスタントのようなものではなく、通信教育特有の教育職であることが記されていたが(〈証拠略〉)、被告は、当該回答書の全文を明らかにせず、職員任用委員会(以下「任用委員会」という。)や理事会では、インストラクターが通信事業による教育システムの中で中核的役割を担うこと、通信教育特有の教育職であることの記載を除いて、回答の一部を抜粋したもの(〈証拠略〉)だけが紹介された。

なお、この頃、原告がセクハラ行為をした等、原告を中傷する内容の匿名文書が秋草学長や被告の教員らに郵送されるという事件も起きた(〈証拠略〉)。

5  他方、被告は、石井久夫理事が中心となって、解雇手続に関連する諸規程の整備に着手し、同年五月二七日、新たに「分限及び懲戒についての手続に関する規程」を作成し(〈証拠略〉)、併せて秋草学園職員任用規程、秋草学園職員任用委員会規程、秋草学園学内理事会内規についても改正をし、職員の解雇について、それまでは教授会の議に付されることになっていたのを、改正後は教授会の審議を経ることなく任用委員会の審査だけで理事会が決定できるようにし、しかも、任用委員会は、委員長である理事長に特に事故がない場合でも、委員長の指示により常務理事が招集、議事の進行をできることに改められた。そこで、以後、原告の解雇については、右新設、改正された規程に基づいて手続が進められることになった(〈証拠・人証略〉)。

6  原告に対する経歴詐称の疑いが高まったことや、匿名文書の問題が生じたことから、被告としては原告の教員適格性について問題があると考えるようになり、平成六年六月八日の資格審査委員会において、原告の教授昇任審査を保留とし、以後、任用委員会による厳格な調査、検討を求めることとした。当時の任用委員会は、理事長、常務理事、学科長等九名で構成され、議長は、改正された任用委員会規程に基づき石井常務理事が務めることになった(〈証拠略〉)。

7  任用委員会は、原告を含む関係者から事情聴取する等の方法で疑問点につき種々調査した(〈証拠略〉)。その過程で原告は、任用委員会に対し、同年六月二八日、中央大学通信教育部のインストラクターの資格審査に関し、(1)インストラクターの資格審査は、通信教育課程の運営全般を司る「通信教育委員会」が直接行い、資格審査委員会という特別委員会は設けていない、(2)通信教育委員会は法学部教授会で選出された一〇名の教員で構成され、かつ、通信教育課程の運営に対して責任を負う機関であって、実質的な通信教育部教授会である、したがって、履歴書の「資格審査委員会」の表示は誤りであった、事実の確認を怠ったことを反省する旨の報告書を提出した(〈証拠略〉)。

任用委員会は、同年九月七日にすべての調査を終了し、原告に対する処分手続を定めて処分理由を原告に通知し、弁明のための期日を設けたが(〈証拠略〉)、原告は団体交渉の場で回答するとして右期日には格別の弁明をしなかった。そこで、任用委員会は、同月二一日、九名の委員の全員一致で原告を分限解雇処分にするのが相当と判断し、その旨を教授会に通告した。また、同月二七日、理事会も全員一致で原告を分限解雇処分にする決定をし、その結果、翌二八日、秋草理事長から原告に、同年一〇月二九日をもって分限解雇にする旨の処分通告書が直接交付された。なお、右処分通告書に添付された処分理由は別紙〈略〉(1)のとおりであり(〈証拠略〉)、また、同年一〇月三日には、原告に対し、秋草短大学生部長を解任する旨の辞令も出された(〈証拠略〉)。

8  原告は、埼玉県地方労働委員会に不当解雇に対する救済申立てをする一方、同年一〇月四日、被告に対し、就業規則四〇条二項に基づいて不当解雇に対する再審査請求をしたが、被告においては同条三項にいう「別に定める」とされている再審査機関が設置されていなかったため、これを被告の最高意思決定機関である理事会で審査することとし、同月二四日、右再審査請求を「不当解雇と認める理由は存しない」として棄却した(〈証拠略〉)。

三  経歴の不実記載(解雇理由(一))について

1  被告は、秋草短大設置に当たり、被告に提出された前示二1の原告の履歴書等の記載が不実であると主張するので、この点について検討する。

(一)  原告は、昭和四〇年三月、中央大学法学部を卒業し、昭和四二年四月、同大学大学院法学研究科修士課程に入学し、昭和四六年三月、右課程を修了して修士の学位を取得したが、修士課程在学中の昭和四五年四月から昭和五五年三月までの間、同大学通信教育部のインストラクターの職にあった(〈証拠略〉)。

(二)  中央大学通信教育部は、中央大学が設置する学部の一つであり、教育内容は法学部が管轄しており、通信教育部独自の教授会組織はなく、法学部長、教授会の一般選挙によって選出される通信教育部長及び各専門科目担当者から選出される九名の委員の合計一一名から構成される「通信教育部委員会」がその役割を担っている。

通信教育部のインストラクターは、科目担当者や各科目の部会のメンバーが候補者を発議して、それぞれの部会において当該候補者の資格を審査し、部会が通信教育部長宛てに推薦状を出し、通信教育部長はその推薦の可否について通信教育部委員会にかけて同委員会の承認を得た後、更に法学部教授会での正式承認を経てはじめて当該候補者がインストラクターに採用されるという手続が採られている。(〈証拠・人証略〉)

すなわち、インストラクター候補者の資格審査は主として通信教育部委員会で行われており、通信教育部には別に「資格審査委員会」という名称の委員会は存在しなかった。

(三)  中央大学通信教育部学則は、「通信課程の授業は、本大学の通学課程の教員が担当する」(四条一項)と規定する一方、「通信課程の学習指導については、前項に定める者のほか、インストラクターに担当させることができる」(四条二項)と定めている(〈証拠略〉)。すなわち、インストラクターは右通信教育部の学則に定められた正式な名称であって、講師を含む教員とは区別されており、大学院在学中の者もその職務に就くことができ、職務の中心はレポートの添削指導であって、いわゆる単位認定権はなく、教員の人事は教授会の権限であるのに対して、インストラクターの人事の権限は通信教育部委員会の権限とされていた。

(四)  学校教育法五八条によれば、講師は教授、助教授に準ずる職務であることが明らかであるところ、同法にインストラクターに関する規定はなく、少なくともインストラクターが同法上の講師に該当すると解する余地はない。また、昭和五六年に制定された大学通信教育設置基準(文部省令)によれば、講師は専任教員であるが、インストラクターは添削等を円滑にするためにおく組織にすぎないとされている(〈証拠略〉)。

2  以上によれば、インストラクターは、いわゆる学習指導員であり、中央大学通信教育部における正規の教員である「講師」とは異なる職種であると認められるから、原告が、秋草短大設置に際して、教員として採用されるために提出した履歴書に、「中央大学通信教育部資格審査委員会の審議を経て講師に委嘱さる」と記載したことは、真実とは異なる不実の記載をしたものと認定することができる。

この点に関し、原告は、昭和五四年四月の秋草短大設置に際し、それまでの原告と被告との雇用関係が一旦終了したわけではないから、この時点で新たな採用行為があったわけではなく、従って、秋草保専採用時に経歴詐称がなかった以上、秋草短大設置に際して経歴詐称の問題が生じる余地はないと主張するが、保育専門学校は各種学校であって所轄行政機関は知事であるところ、短期大学は学校教育法上の学校法人であり、所轄は文部省であって、両者は全く別個の性質を有することは明らかであり(〈証拠略〉)、短大教員としての身分は、学校教育法に基づく「短大設置基準」の資格審査を経て採用されてはじめて取得するものと解すべきであるから、結局、秋草保専の教員が秋草短大の教職員となる場合でも、新たな採用行為があったと見るべきであり、この点に関する原告の右主張は採用できない。

四  学生、教職員に対する暴言等(解雇理由(二))について

1  平成五年五月の新入生交流会の際の高橋美保講師に対する侮辱的発言について

平成五年五月、山梨県の富士スバルランドで新入生交流会が行われ、その球技大会が終わった後、体育館において、高橋講師と学生二名が、懇話会の部屋の使用許可を原告に求めたところ、原告は、右学生らに向かって、「お前らなんでこんな人に相談なんかするんだ。恋人くらいはいるかもしれんが、こんな結婚もしていなければ子供もいない人に相談したって何にもならないだろう」と発言した(〈証拠略〉)。

2  平成四年一〇月の学生Nに対する暴言について

秋草短大では自動車通学が禁止されていたところ、Nがこれを破って自動車通学を繰り返し、駐車すべきでない場所に駐車していたため、近隣から苦情が出たことから、平成四年一〇月ころ、当時学生部長であった原告が、これに対して注意し、その際、原告は、ベンツを通学に使用してきたNに対して、「高級車でどうして来たか」「親の職業は何なのか」等の発言をし、更に同人が原告の担当する日本国憲法の試験に不合格だったことから、同人に対し、「バカにいくら教えてもバカはバカ」「受けてもムダだ」「学校やめてしまえよ」等と侮辱的な発言をした(〈証拠略〉、原告本人)。

3  昭和六三年の学生Mに対する暴言について

昭和六三年の秋草短大の卒業試験前に、原告の不在中、原告の研究室に無断で入っていたMが、原告に、「法の効力は重要なのですか」等、試験問題に関する質問をしたことに対し、原告は、同人に対し、「なぜそんなことを聞くのか」「部屋に入って試験問題を見たのではないか」という趣旨の発言をした(〈証拠略〉、原告本人)。

4  昭和六一年度の秋草短大入試の面接試験の際の控室における暴言について

(証拠略)の中には、昭和六一年度秋草短大推薦入学面接試験である昭和六〇年一一月二七日、幼児教育学科の受験生控室三一二号室の担当であった原告が、受験生に対して、「今の君達の成績でこの短大に入れると本気で思っているのですか」「一五〇万円くらい出してくれたら入学させますよ。どうしますか」との発言をしたとの記載ないし供述部分が存在するが、これを記載した一色守は実際に原告が右のような発言をしたのを見聞したわけではなく、受験生の苦情をまとめて報告しただけであり、その中には控室での発言と面接会場での発言とを混同していると疑(ママ)いがある部分も見受けられ(〈証拠略〉)、また、唐沢重幸も原告の発言自体は聞いていないのであって、(証拠略)、原告本人尋問の結果と対比して、これだけでは、被告主張事実を認定するに十分とはいえず、他に原告が受験生控室において前記のような暴言をしたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

5  平成四年四月の牧村総務部長及び鈴木経理部長に対する暴言について

原告は、平成四年四月、秋草短大のロビーに牧村章総務部長と鈴木幸夫経理部長を呼び出し、同人らに対し、「君はスパイか。月夜の晩ばかりではないぞ。」「不当労働行為だ。胸に手を当ててよく考えろ。」等の発言をした(〈証拠略〉、原告本人)。

五  教授会における侮辱的発言等(解雇理由(三))について

1  昭和六三年三月の教授会における鈴木恒男教授採用に際しての発言について

原告は、昭和六三年三月、外部から秋草短大に鈴木恒男を専任の教授として新たに採用することの是非を検討するために開かれた教授会で、以前所沢市教育委員会の役員をしていた鈴木の噂を知人から聞き、「同教授の人間性に問題がある」旨の発言をした(〈証拠略〉)。

2  昭和六三年七月の教授会における池田勇二学科長に対する暴言について

原告は、昭和六三年七月に開かれた教授会の席において、当時の学科長であった池田勇二に対して、「学科長やめろ、それでも学科長か」と発言し、これに対して蔵薗昭男から注意を受けた(〈証拠略〉)。

3  平成三年九月の赤津純子講師任用に際しての暴言について

原告は、平成三年九月、吉本重子教授の担当教科が増えることによる負担軽減策として、赤津純子を秋草短大の専任講師として採用することの是非を検討するため開かれた教授会の席で、同人の日本女子大学における助手の経歴が一〇数年と長かったことや、担当予定教科となっている教育実習については経歴が助手で、教育実習の補佐であったこと等の経歴に照らして、「助手なんてものは煙草を買いに行ったりの使い走りみたいなもので・・・」「どうせお茶くみ程度のものであったろう」等の発言をし、そのため、右発言を同席した吉本教授に厳しくたしなめられた。なお、右案件は、その後の議論の末、この時点での赤津講師の採用は保留となり、結局、当初の予定より一年遅れて採用されることになった。(〈証拠略〉、原告本人)

4  平成三年九月の吉本重子教授への侮辱的発言について

原告は、平成三年九月、右3の吉本教授の担当教科に関して開かれた再審議の教授会の席において、吉本教授の業績につき、「多くの教科を担当できる教員は、一体どの教科が本当の専門なのかはっきりせず、どの教科もいい加減で何もできない教員だということになる」旨の発言をした(〈証拠略〉)。

5  平成三年の投書問題調査委員会での学長に対する暴言について

平成三年に秋草短大経営科に外部から新たに教授を迎えようとした際、候補者を誹謗する匿名の投書が出されたため、教授会において投書問題調査委員会が設置されたところ、原告は、その席上、秋草かつ学長に対し、「あなたがこの投書の仕掛人だろう」「富山まで詫びに行け」等、秋草学長を投書をした犯人と決め付けるかのような発言をした(〈証拠略〉)。

6  平成四年の小倉隆一郎助教授任用に際しての暴言について

平成四年、蔵薗教授の後任の音楽担当の教員として前尚美学園短期大学教授の小倉助教授を採用することの是非が教授会で審議された際に、原告は、「また尚美か」「尚美にはろくな教員はいない」旨の発言をし、その場で蔵薗教授に注意されて、右発言を撤回した(〈証拠略〉、原告本人)。

六  職務放棄行為等(解雇理由(四))について

1  平成元年三月の教授会の審議中に退席した行為について

原告は、平成元年三月に開かれた教授会の審議中、他の教員と意見が対立した際、「こんなことに付き合っておられるか」等と発言して、他の教員が止めるのを無視して途中退席した(〈証拠略〉、原告本人)。

2  平成五年の教授会退席行為について

原告は、平成五年の学長候補者の選考についての教授会の審議中、鈴木恒男学科長の議事進行等について批判し、途中退席した(当事者間に争いがない。)。

3  蔵薗昭男学科長の就任に対して、これを認めないとして学科会への出席命令等を無視した行為について

原告は、平成三年四月に蔵薗学科長が就任してから、幼児教育学科(以下「幼教科」という。)会への出席を拒否し続けた(当事者間に争いがない。)。

4  平成二年の入試業務を欠いたことや幼稚園等の実習、巡回に協力しなかったことについて

平成三年度の四回の入試業務について、蔵薗学科長が割当表を作成したところ、原告は、始めからこれを全て拒否し、そのため平成三年度入試の実施要項には、原告は、係分担を割り当てられなかった。平成三年度、四年度を通じて、入試業務を全く分担しなかった幼教科の教員は原告だけであった(〈証拠略〉)。

なお、(証拠・人証略)によれば、入試業務を分担しない職員も、学内に待機していれば一定の入試業務手当てが支給されるという実態があり、原告も平成二年一一月一五日、同月二〇日の入試日に出勤していることが認められるが、そうであるからといって、本来の入試業務を原告が分担しなかったという事実に影響を与えるものではない。

また、秋草短大では、幼稚園や保育園への実習巡回は、幼教科の専門科目を担当している職員が第一次的に行い、原告ら一般教育科目担当者が補充的にこれに参加するという扱いになっていたところ、原告は、以前実習巡回の際のタクシー代について、領収書を貰わなかったために実費精算ができず、その処理を巡り教務課との間で、トラブルになったことをきっかけにその後の巡回を拒否するようになった(〈証拠略〉、原告本人)。

右四ないし六の各事実に関し、上記認定に反する(証拠略)、原告本人尋問の結果はいずれも採用しない。

七  職務の適格性の有無

以上によれば、被告が主張する解雇理由(抗弁2)の各事実のうち、(一)の履歴書に真実とは異なる職歴を記載を(ママ)したこと、(二)2の生徒や教員に対する暴言等のうち(4)を除くその余の事実、(三)の教授会における暴言等の各事実、(四)の職務放棄行為の各事実については、いずれもこれを認めることができる。

そこで、次に原告のこのような行為が被告就業規則三八条三号にいう「この職務に必要な適格性を欠くと認められるとき」に該当するかどうかを検討する。

1  右条項にいう「職務に必要な適格性を欠く」とは、その表現自体、かなり抽象的であって、これを一義的に決することは困難な概念であるが、それが教職員の労働契約上の地位を一方的に奪う結果を招来させる「解雇事由」とされていることに照らし、当該教職員の能力、素質、性格等に起因して、その教職員の担うべき職務の遂行に支障があり、かつ、その矯正が著しく困難で、今後、当該組織体において、教職員として処遇するに堪えないと認められるような場合をいうものと解するのが相当である。

そして、これを本件に即してみると、まず、履歴書は、それが当該教職員の採否を決する際の最も基本的かつ重要な判断資料となるものであるから、殊更これに虚偽の記載をすることは、その判断を誤らせる危険性の高い行為として、それ自体、教職員としての適格性に疑問を呈する事由になりうるというべきであるが、他方、これが問題とされるのが労働契約締結後であって、当該教職員が既にその組織体において稼働しており、当該組織体から生活の糧を得ている状況下にあることを考慮すると、その不実記載を理由に適格性の有無を判断するに当たっては、その形式面の重要性のみならず、当該不実記載の内容、程度、実際の本人の職務遂行能力、素質、不実記載がなされるに至った経緯及びその不実記載により、使用者がどのように判断を誤り、そのために損害を被ったか等を慎重に検討して決する必要があると解すべきである。また、学生や教職員に対する暴言等や職務放棄行為については、これらの個々の事実の具体的内容のみならず、当該行為に至った背景事情や周囲に及ぼした影響、当該職務行為の重要性等をも考慮した上で、何度注意しても改まらないなど、それが当該教職員の容易に矯正しがたい素質や性格に基因するものとして職務の遂行に支障をきたすと認められる場合に限り、教職員としての適格性を欠くものということができると解するのが相当である。

2  そこで、以上を前提に、まず本件の不実記載について検討する。

(一)  前示のとおり、本件では、原告は、秋草短大より先に秋草保専の専任教員として被告に採用されているのであるが、被告は、秋草保専の教員として原告を採用するに際して、採用担当者である秋草芳雄前理事長、秋草かつ現理事長、佐々木前理事らが実際に原告に面接し、原告が提出した履歴書に目を通していたのであり、その際には原告は履歴書の職歴に「中央大学通信教育部インストラクター」と真実を記載しており、これに基づいて右担当者がインストラクターの職務内容等についても質疑応答がなされたものと認められるから(〈証拠略〉、原告本人)、この時に被告側は原告のインストラクターの職務内容についても認識していたというべきである。また、秋草保専とは別に、秋草短大設置時に新たな採用行為があったとしても、この時の採用担当者は秋草保専採用時と実質的に同一であって、既に原告の経歴について認識しているのであるから、文部省の資格審査に合格することが秋草短大の教員として採用されることの前提であったとしても、文部省に提出するための履歴書の一部に虚偽記載があったからといって、これが直ちに被告の判断に影響を与えたものとはいえない。

(二)  文部省令である短期大学設置基準では、短大講師の資格は「特定の分野について教育上の能力があると認められる者」ということしか要求されておらず、修士号を取得している原告は、それだけで短大講師としての資格審査に合格する可能性があり、また、講師とインストラクターが概念上区別されるものであるとしても、中央大学通信教育部のインストラクターは、通信教育における中核的役割を担うもので、各科目の単位取得の前提となるレポートの合否判定の権限を有しており、インストラクターは、講師に準じた教育的役割を果たしていたと認められるから(〈証拠・人証略〉、原告本人)、仮に本件履歴書に「インストラクター」と記載されていたとしても、それにより文部省の判断が異なったと推認することはできず、また、文部省が現実に原告の能力の評価を誤ったという証拠もない。

また、中央大学通信教育部に資格審査委員会という組織は存在しなかったが、実質的にこれに相応する通信教育部委員会がインストラクターの資格審査を行っており、原告はその審査を経ていたものである。

(三)  秋草短大設置の際、原告が履歴書にインストラクターと記載せずに講師と記載したことについて、原告は、当初インストラクターが曖昧でわかりにくいため日本語として同義語の講師を使用した旨被告に説明していたところ、後になってから、秋草芳雄前理事長からそのように書いておくよう指導を受けたためであったと供述を変更するに至った。右後者の弁解事実は、後日唐突になされるようになったもので、これをそのまま信用できるかは疑問なしとしないが、前記のとおり、先に提出してある履歴書にインストラクターと記載し、実質的に同一の面接担当官からそれに基づく面接を受けている以上、原告が、殊更この段階で被告を欺罔しあるいは経歴を隠そうとする目的をもってわざわざ講師と記載したものとは解し得ない。

(四)  なお、被告は、経歴詐称により給与の格付けに関する経歴換算を誤ったため、原告は昭和六〇年四月から平成六年三月までの間に二〇〇万円以上の不当な利益を得たと主張して、(証拠略)を提出するが、右計算はインストラクターの前歴換算率が五割であることを前提とするものであるところ、被告の使用する経歴換算基準である(証拠略)は、インストラクターについて明確に規定しているわけではなく、前歴換算率が五割であるのは、「大学院に進学するために生じた空白期間」だけであり、一般企業に在職した期間さえ九割に換算されることや一〇割と評価されるほかの職種との比較からすれば、通信教育における職務であるインストラクターの前歴が五割にしか換算されないことに合理的根拠があるか疑わしいといわざるをえないのみならず、そもそも被告は、秋草保専に原告を採用する際には、原告の前歴がインストラクターであることを知っていたのであるから、原告に対する給与額の判断が誤っていたとしても被告にその責任があるというべきである。

(五)  加えて、履歴書の不実記載があったのは、昭和五四年のことであり、それ以後、原告は秋草短大において継続して教員として勤務しており、平成四年に原告の経歴詐称疑惑が発生するまで一度もその是非について検討されたことはなかったが、それは、被告が秋草短大採用時に原告の従前の履歴書を精査しなかったため、職歴の記載の変更に気づかなかったためであるほかに、原告の教員としての職務遂行能力に格別問題があったわけではなかったことによるものと考えられる。

以上の検討によれば、本件履歴書の記載は正確性を欠くものであって、軽卒(ママ)のそしりを免れないものではあるが、その実質を考えると、原告に特段悪意は認められず、その職務遂行能力に影響はなく、これにより被告が原告に対する評価を誤って採用すべきでない人を採用し、そのため損害を被ったなどの事情は一切認められないのであり、したがって、これをもって職務に必要な適格性を欠くと評価することはできないというべきである。

3  次に、学生、教職員に対する暴言等並びに職務放棄行為等について検討する。

前記四ないし六において認められる原告の言動中には、総じて、無作法で、礼儀をわきまえず、教員として相応しくない、行き過ぎと評されてもやむを得ないと思料されるものがあり、その意味で、原告において反省しなければならない点があることは否定できない。

しかし、原告の暴言行為等の中には、以下のとおりの背景事情の認められるものがある。すなわち、

(一)  Nに対する発言のうち、「高級車でどうして来たか」等の部分は、前記のとおり、校則に違反して自動車通学をし、不適当な場所に駐車して近隣に迷惑をかけたNに対して、当時学生部長であった原告が、これに注意・指導をする意味で発したものであって、注意・指導自体は正当な職務の範囲内の行為であった。

(二)  牧村総務部長及び鈴木経理部長に対する発言は、原告らと秋草学園本部の経理部職員が雑談をしていたのを見ていた牧村が、右経理部職員に組合員と接触を持つなと注意したことから、これを組合活動に関する干渉だとして、抗議の意味を込めて発したものであって(原告本人)、言い方に不適切な点があるにしても、組合の役員である原告が、抗議発言をすること自体には、正当性が認められる。

(三)  また、教授会における原告の各発言についてみると、鈴木恒男教授の採用に際しての発言は、同人を外部から秋草短大の専任の教授として採用することの是非について審議された際に、同人に対する風聞等から原告が反対意見として述べたものであり、他に当時の市川副学長が鈴木の人柄を批判するなど、原告以外にも反対意見を述べる者もいて、その結果、同人の採用は反対多数で採択されたこと、吉本教授に対する発言は、吉本教授の教科負担増について教授会で審議された際に、被告側の教員配備の不備について指摘され、本人の業績に照らして担当可能な教科は何かということを検討すべき旨の意見を述べた際のものであること、これに対して、理事者側は吉本教授が加(ママ)重負担になっていることを認識した上で、今回は時間がないからとりあえず了承して欲しいと要請したため一応決着が付いたことが認められ、右いずれの原告の発言によっても審議が紛糾した等の事実は認められない(〈証拠略〉、原告本人)。

したがって、いずれについても、この程度の発言は、教授会における自由な審議の範囲内のものであるということができる。

(四)  平成五年の教授会の途中退席については、同教授会の審議中、選考方法に関して原告が無記名投票を提案したのに対し、議長である鈴木学科長がこれを無視して、対立候補者がいない唯一の候補者に対して、信任・不信任を一人一人がその場で述べるという方法を指示したため、このやり方に反発し、棄権の意味で途中退席したものであった(原告本人)。

(五)  幼児教育学科会への出席拒否については、池田前学科長の後任につき、組合では、幼教科の中心的な科目の担当教授を選出すべきであるという意見であり、音楽担当の蔵薗昭男教授が幼児教育学科長に就任することには反対であったところ、組合員以外にも同様の意見の教員も多く、教授会での無記名投票の結果は、反対多数で蔵薗学科長の選任が否決されたのであるが、被告はこのような教授会の多数意見を無視して蔵薗学科長の採用を強行したため、原告ら組合員はこれに抗議する意味で、蔵薗学科長の主催する学科会への出席を拒否したという事情があった(〈証拠略〉、原告本人)。

以上のような背景事情があるものについては、それらを度外視し、その言動のみを取り上げて直ちに解雇事由に結びつけるのは相当でないというべきである。

4  そして、これらに、右背景事情のあるもの以外の事実をも総合して検討すると、原告には、総じて性格からくるやや直情径行的傾向に、組合活動的色彩を帯びた被告に対する対抗的意識が加わってなされた一時的で単純な言動が多く、それが礼儀を欠き行き過ぎといえる面があることは前示のとおりであるが、反面、その性質からいって、それほど根が深い、矯正不可能な程度のものとは必ずしもいいがたい。ただし、客観的に考えると、これらの言動のうち、特に職務放棄行為については、それら職務が被告において教員としての必須の義務と考え、位置づけられていたとするならば、その業務命令に違反する行為として無視することのできない重要な意味を有するものと解する余地があるが、本件全証拠によっても、これまで被告において、そのような位置づけがなされていたとは必ずしも認めがたく、このことは、これらの原告の言動に対し、口頭で注意がされたものがある以外、被告から何ら格別の処分がされなかったことからもうかがい知ることができる。(原告本人、なお、被告においては、就業規則上、職務上の義務違反行為に対する懲戒規定(五三条以下)が定められている。〈証拠略〉)

さらに、被告が指摘する言動は、古くは昭和六〇年からの事柄であるところ、原告は、そのような行為がなされた間にも、昭和六二年に助教授に昇任したほか、平成四年及び六年には学生部長に選任されており、秋草短大において相応の評価を受けていたと解されるほか、学生達からも慕われる一面を有していること(〈証拠略〉)、前記の暴言行為についても、解雇理由とされる各行為のなされた時点では何らの処分もなかったにもかかわらず、平成六年の怪文書流布をきっかけに突然審査の対象とされるようになったもので、それまで一度も原告に対して不適切な言動を是正するための機会が与えられていなかったこと等を考慮すれば、被告が指摘する右の解雇事由をもって、原告の容易に矯正しがたい素質、能力、性格に起因するものとして職務の遂行に支障をきたすものであると断定することは未だ困難であるといわざるをえない。

以上によれば、原告には就業規則三八条三号に該当する事実は認められない。

なお、前記認定の事実からすれば、本件においては、原告の解雇手続をやり易くする意図の下に、被告側がにわかに関連諸規程の整備をしたことがうかがわれることや、経歴詐称の存否についての重要な判断資料となる中央大学通信教育部におけるインストラクターの職務内容について説明した角田法学部長の文書が、任用委員会や理事会において、その全文を紹介されず、殊更講師との違いを強調した部分だけを抜粋した文書のみが紹介される等、原告の解雇についての判断権者である任用委員会や理事会の構成員に正確な情報が開示されずに被告経営陣により情報操作された疑いがある等の事情がうかがわれるが、すでに解雇事由が認められないと認定できる以上、原告が主張するその余の事実について詳細な検討の必要はない。

以上検討のとおり、被告の原告に対する本件解雇の意思表示は、原告主張のその余の点について判断するまでもなく無効というべきである。

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれをすべて認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一〇年七月一六日)

(裁判長裁判官 前島勝三 裁判官 朝日貴浩 裁判官 中久保朱美)

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